『一生に一度は解きたい 至高の国語良問440』刊行記念スペース(後編)
こんばんは、中の人(@mAjorstep_jp)です。猛暑通り越して酷暑が続きますね。娘も夏休みなのですが外に行けず発散するところがなくて、普段より足音が5倍ぐらい大きくなっているので何とかしなくてはいけません。とりあえず頭を使わせようと娘が欲しがっていた新しいテキストを買い与えました。
さて、今回の記事は当会の現代文作問勉強会によくお越しくださっているCSJプラススタディの福嶋淳先生がご出版された『一生に一度は解きたい 至高の国語良問440』の刊行記念スペースにて、担当のかんき出版編集部の田中さんと根岸先生と福嶋先生の3人でお話しした内容をまとめました。
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一番苦労した問題の裏に
440問の中で、最も時間をかけて制作した問題はどれだったのでしょうか。田中さんからの質問に、福嶋先生は迷わず答えます。
「第1章の『一字ずつ変えて 浪人を合格へ』ですね。」(p.37 問038)
一文字ずつ漢字を変えながら、最初の言葉を最後の言葉へと変えていく問題です。一見するとシンプルな発想ですが、その裏側には想像以上の苦労がありました。
もともとの着想は、英単語を一文字ずつ変えて別の単語へとつないでいく海外のパズルでした。これを日本語でできないかと考えたものの、日本語には同音異義語が数多く存在します。さらに、本書は小学生でも取り組めることを前提としているため、小学校で習う漢字だけを使うという条件もありました。
条件を満たす言葉を探しては行き詰まり、丸一日考え続けたにもかかわらず、一問も完成しなかった日もあったそうです。
「田中さんに見せる前に、自分の中でこれはダメだと思って全部やり直したこともありました。」
それでも諦めずに考え続け、ようやくたどり着いたのが、使用する漢字を限定するという発想でした。読者にとっては見開き2ページの問題ですが、その裏には何日もの試行錯誤が積み重ねられています。
「面白かったです。でも、本当に大変でした。」
笑いながら振り返る福嶋先生の言葉からは、問題づくりそのものを楽しんでいる様子が伝わってきました。
自分でも解けなくなる問題を作りたい
スペースの中で何度も話題に上がったのが、「知っているのに出てこない」という感覚でした。福嶋先生は、自分で作った問題でも時間が経つと解けなくなることがあると話します。
答えを見れば「ああ、そうだった」と思える。ところが、一週間もするとまた考え込んでしまう。
だからこそ、本書は一度解いて終わる問題集にはしたくなかったそうです。
「何回でも遊べる本にしたかった。」
その一言に、本書の目指した姿が凝縮されています。
問題を覚えることではなく、何度でも考えたくなること。その繰り返しが、語彙や読解力を自然に育てていくという仕掛けになっています。
国語は暗記では終わらない
今回のスペースで最も印象に残ったのは、「はじめに」と「おわりに」に込めた思いについて語られた場面でした。福嶋先生は長年、国語を教える中で、子どもたちが語句集を一生懸命覚えている姿を見てきました。
しかし、その一方で、子ども自身も保護者も「覚えたから終わり」と考えてしまうことが少なくありません。
「いや、終わりじゃないでしょう。」
福嶋先生はそう語ります。
言葉は覚えることが目的ではありません。その言葉が別の言葉と結び付き、文章や会話の中で使われるようになって初めて、自分の語彙になります。
その考えを、福嶋先生は「フック」という言葉で表現していました。一つの言葉に、たくさんの引っ掛かりを作る。
別の言葉と結び付ける。
文章と結び付ける。
日常生活と結び付ける。
そうしていくことで、一度覚えた言葉は簡単には忘れなくなるのです。本書に収録された問題の多くは、まさにそのフックを意識して作られています。
答えを知ることよりも、「なるほど、そういうことだったのか」と思える瞬間を大切にしているのです。
良問とは何か
スペースの終盤では、「福嶋先生が考える良問とは何ですか」という質問も寄せられました。
少し考えた後、先生はこう答えます。

