今の時期こそ見直したい。志望理由書が似た文章になってしまう理由と対策
こんばんは、中の人(@mAjorstep_jp)です。
ついにクーラーに手を出してしまいました。イラン情勢からか、ありとあらゆる物が不足して段々と生活に波及してきましたね。エアコンの部品も取り寄せが難しくなるようなので、早めに試運転をしたいです。
さて、高校3年生のこの時期になると、志望理由書の添削が一気に増えてきます。気合を入れて書いてみるものの、生徒たちも「何を書けばいいのかわからない」「書いたはいいけどこれで受かるのかな」と悩み始める頃です。
一方で、指導する側も悩みます。
「将来像を書かせているのに、どの生徒も同じような内容になる」
「立派な文章ではあるが、その子らしさが見えない」
「大学研究はできているのに、なぜか説得力が弱い」
こうした悩みを感じ始める時期だからこそ、今回は志望理由書について考えます。
……本文のサマリー……
志望理由書で「理想の将来像→必要な資質・能力→大学で学びたいこと」という構成を採用する学校は多い。しかし、この型だけでは内容が均質化しやすく、生徒ごとの差異が見えにくくなる。そこで重要になるのが、自己PRそのものではなく、「なぜその進路を目指したのか」「どんな経験を積んできたのか」という過去や現在の要素である。志望理由書は未来を書く文章であると同時に、「なぜその未来を語れるのか」を示す文章でもある。将来像だけでなく、経験や努力、問題意識を接続することで、文章に現実感と説得力が生まれる。今の時期は、型に当てはめるより、生徒自身の輪郭を掘り起こす対話が重要になる。
型に落とし込むと自分らしさが薄くなる
最近は、志望理由書をかなり整理された型で指導する学校も増えています。
たとえば、
① 理想の将来像
② そのために必要な資質・能力
③ 大学で学びたいこと
という流れです。
非常に論理的で、書きやすい構成です。特に初学者には有効でしょう。ただし、この型だけで書かせると、ある問題が起きます。
それは、「誰が書いても同じ文章になる」ということです。
たとえば保育士志望なら、
「子ども一人ひとりに寄り添いたい」
「笑顔を支えたい」
「信頼される保育士になりたい」
といった表現が並びます。
もちろん間違いではありません。しかし、どの受験生も似たような方向に向かうため、差別化が難しくなります。ただ、理想とする職業観は共通するから、仕方のないことではあります。
将来像が似れば、必要な資質・能力も似ます。大学で学びたい内容も、オープンキャンパスやパンフレット研究を通してある程度共通化されていきます。
つまり、「未来」の話だけで構成すると、どうしても抽象的で均質化しやすいのです。
だからこそ、その人自身が見える材料が必要になります。
志望理由書に自己PRは本当に必要なのか
自分らしさ、を出そうとすると自己分析をして浮かび上がった自分の長所を書き入れようとする生徒・指導する先生がいます。
結論から言えば、必須ではありません。しかし、あった方がその生徒らしさは格段に出しやすくなります。ただし、志望動機が薄くなることに留意する必要はありますね。
さあ困りました。生徒は、何百・何千の受験生と競い、上位を目指したいという欲求のもと独自性を出したい、でもアピールしろと指導を受けて、自己PRを書くと志望動機が書けない。
どうしましょうか。
自己PRという言葉を使わなくてもよい
答えは簡単です。自己 PRを書いて! という課題を出すから生徒は書くのです。だったら別の問い方をする必要がありますね。
ここで誤解してほしくないのは、「自己PRを書かせよう」ということは、「長所を書かせよう」という話とイコールではありません。
わざわざ自己PR欄を独立させて、ワークシートに書かせる必要はないのです。
むしろ大切なのは、